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Case 郵政公社  CACAO TOWN
エクスパック500は業界を震撼させる?

人が生活する限り、物の移動は終わることがない。そして、それはますます盛んになるはずだ。これまで人の移動のうち、かなりの部分は物の移動を目的としていた。買い物しかり、書類の受け渡ししかりである。つまり、この意味において人 が物の使い走りをさせられていた。しかし、これからの人間は主人としての尊厳を回復し、移動したい場合にのみ移動するようになっていく。物は人のために動き、人は人のために動く、こういうことが今後の方向性としてますます顕著になっていくだろう。

そうした観点から考えると、輸送ビジネスというのは成長産業である。単なる配送にとどまらず、付加価値をつけていけば人はどんどんそれを利用するようになる。特に、プライベート、ビジネスを問わず、個人間の配送というのはまだまだ伸びていくだろう。

このように考えてみると、郵便事業が赤字であるというのは非常に不思議な現象だ。郵便事業を独占していながら利益が出せないということは、付加価値が低いということに他ならない。宅配便の会社が着実に利益を伸ばしているのとは対照的だ。好意的に考えれば、本気になりすぎると民間業者を圧迫するという配慮があったのかもしれない。しかし、やはり事の本質は顧客のニーズが十分にその商品に反映されていないということであろう。

しかし、最近になってようやくその部分に変化が見られるようになった。何が求められているかその象徴となるのがエクスパック500という製品だ。これはA4より少し余裕のあるサイズの封筒を買うと、中に何を入れても500円で全国まで届けてくれるというものだ(重量制限もあるが、30kgというのだからこれはジョークだろう。何しろ30kgとは大体大きめのスーツケースいっぱいにものを詰め込んだ重さなのだ)。

この商品は次の点で画期的である。@運送距離を問わないため、遠くに重いものを送れば圧倒的に宅配より安い、A切手を買ったり張ったり、また料金を調べたりする手間がかからない、Bどこのポストでも(入れば)出せる。

この中で、@は大きな要素ではあるが、実際にはA、Bの要素がこれまでの郵便の制約を取り払ったことが最大の功績だと考える。つまり、これまでは郵便局が空いている時間や切手を売っている場所についてユーザーが気にしなくてはならなかった。また、適性な料金を払わないと加算料金があって相手に迷惑がかかるから、正しく重さをはかり、必要な分の切手を貼ることも求められた。簡単に言えば、全くユーザーフレンドリーではなかった。

それが今回、とりあえず何枚かこの封筒を家においておけば、好きなときに好きなものを詰め込んで近くのポストに投函するだけでよい。

特に、ビジネス文書ではこのサービスが非常に用いられることになるだろう。ビジネス文書のやり取りは、簡単、柔軟、迅速、安全といった要素が求められるが、これを満たすばかりでなく、他社と比較してコスト的に圧倒的に安い。

このサービスはCACAOTOWNの見込みでは、業界地図を大きく変える大ヒット商品となる。もしこれで郵政公社がシェアをとれなければ、余程プロモーションが下手としか言いようがないような商品だ。他社も価格体系の見直しや取り扱い窓口の拡大などで必死で追従するはずである。

尤も、宅配業界から見たら、恐ろしいと同時に極めて腹立たしいサービスに違いない。というのも、郵便ネットワークは国民の税金等をふんだんに用いて作られたインフラであり、これをただ同然で使っているからこそ成り立つ商品なのだ。これを引き金に民業圧迫の批判は大きくなるに違いない。

同時にこのサービスは、書簡の取り扱いに関する矛盾を再びクローズアップさせる効果があるだろう。何故ならこのサービスでは親書は扱うことができない。つまり、手紙を入れることはできない。通常の宅配業者と同じ制約を自ら課しているからだ。ところが利用者からしたら全く意味がわからない。これまでと同じような封筒で同じポストに出すのに手紙はダメということ・・・。

しかし封筒になんらメッセージを添えずに利用者がこのサービスを活用することは思えない。郵政公社もそなんことは承知のはずだ。つまり、宅配業者に課している規制がもともと全く理不尽なのだ。この点でもおそらく論争が再燃するに違いない。

いずれにしても、はなはだ不公正な形の競争だとは思うが、郵政公社が体質を改めつつあるのは良いことだ。民間業者の巻き返しも起こり、ますます合理的なサービス体制が整っていくだろう。それは国際間の競争が熾烈になりつつあるデリバリービジネスにおいては重要なことと指摘できる。

(2004.5)