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マーケティングは経済学に立ち向かう | |||
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経済学の基本法則による呪縛 経済学は経済社会事情を数値化したモデルで説明しようとする学問であり、その功績は大きいものがある。しかし、実生活と経済学が真っ向からぶつかることも多く、ビジネスという観点からもそれは例外でない。ここでは両者の対立を見ることによって事の本質に迫ってみよう。 経済学を勉強したことのある人なら誰もが最初に習う次のような 定理がある。
@ モノは安いほど多く売れる これを突き詰めると、モノの値段はどんどん安くなりコストに限りなく近づく一方、企業の利益はやがてはゼロにまで圧縮される、という結論が導き出せる。確かに、近年のデフレや、コストぎりぎりでの操業を強いられる製造業を見れば当たっているような気もしてくる。 果たしてこれは正しいのであろうか。 まず、モノは安くなるほど多く売れるか考えてみよう。例えば車はどうか。例えばトヨタと日産が全ての生産設備をカローラとサニーに絞り込めば、コストは非常に下がり、 しかし競争も継続するから価格は非常に安くなるはずだ。その場合、需要は今より大きく伸びるであろうか。 ではもっと進めてみよう。エンジンは全部同じものとし余計な金型を作らない。また、車の色を全車同じにしてコスト削減しよう。ドアも全てオーソドックスな4ドアでよいではないか。しかしこの時点で読者の方は出来上がった車を想像し、ゲンナリしていることだろう。そんな製品などごめんだ、それが私達の通常の感覚である。絞込みがされすぎたら、消費者は拒否反応を起こすのである。だから、生産者も決してこの法則を試そうとしないだろう。 多少高くてもバリエーションが欲しい、これが消費者のリクエストだ。そして、これこそが消費者にとっての付加価値なのである。このような付加価値がきちんと提示されていれば、消費者は企業に利潤を与えることがわかっても喜んで買い物をする。 だから、現実のビジネスというのは@の法則とは違う次元で動いている。 また、消費者の付加価値には心理的要素が加わっているから、モノの価格がコストに一致するなどということは例外的なケースである。従って、企業の利益が限りなくゼロに近づくという2番目の命題にも根拠はないと考えられるのだ。現実社会においては多数の会社がコストぎりぎりで操業するのは例外的だ。実際には儲かる会社と潰れる会社に二極化する例の方が多い。これは企業の付加価値創出能力の差が大きく業績に反映されるということなのだ。このあたりが経済学には反映されていない。 高価格は罪か これまで、付加価値を高めるファンクションこそがマーケティングだということを強調してきた。しかし、読者の中には、コストよりずっと高い金額で販売することを奨励するマーケティングというものにどこか後ろめたさを感じる人もおられるかもしれない。 しかし、改めて主張するが、マーケティングは満足を創造するファンクションである。 もちろん同じものであれば価格は安いほうがよい。しかし、先ほども述べたように、同じものを欲しない人達がたくさんいる。そういう人達は価格の安い汎用品でなく、心に訴える十分に差別化された商品を求めているのである。そこに企業が応えていくならば、コストというものは消費者にとってあまり関心がない。高いお金を払うことで人は満足を買うのであり、誰も損をしていないのである。 経済学では価格は、需要と供給の関数で決まるとされる。しかし、現実を考えた場合、価格は心理的な満足度で決まると考えたほうが当たっているケースが多い。 そういう場合、そもそも需要曲線などというものはないのかもしれない。 超過利潤を得る方策ではなく、満足を高めるもの、これが我々の提唱するマーケティングの理想概念である。安売りであればマーケティングは不要である。また、例えば情報の遮断により高価格をキープしたり、あるいは接待攻勢により購買担当者を攻略する、こういう方法も価格操作、顧客操作であってマーケティングとは言えない。マーケティング道とはこのような制約を自ら課して行うことが必要な厳しくも楽しい修行である。 |