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Books ハーバードビジネスレビュー 2004年4月号 | CACAO TOWN | ||
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誤解され続けるモチベーション? 本号は社員らのモチベーションに関する特集であったが、その中で1968年のユタ大学 Herzberg 教授の論文が改めて掲載されていた。30年以上前に書かれた論文であるが、今見ても新しく、学ぶところが多い。逆に言えば、この30年以上もの間、モチベーションの問題は正しく理解されていなかったということだ。 彼の論文の第一ポイントは、会社に対する不満要因と満足要因は全く別のものであることが多く、不満要因を解決してもモチベーションを上げることにはならないということだ。例えば、職場の物理環境が悪ければ不満に直結するが、環境が良くなってもそれは会社への評価にはつながらない。 これは非常にもっともなことで、例えば一等地に会社があることは本質的な仕事の満足感とは全く関係がない。確かにロケーションが良ければ採用はしやすいかもしれないが、優秀な社員も気持ちが入らなければ宝の持ち腐れなのだ。 第二のポイントは、ゼロ+ゼロ=ゼロ、ゼロXゼロ=ゼロという概念だ。すなわち、満足していない社員のハードルを高めるために似たような仕事を増加して与えても決してモチベーションは高まらない。これがゼロ足すゼロ。単に仕事量を増やすのも同じでこれはゼロかけるゼロというように表現される。 例えば本人がどれも単なる事務作業だと考えているのに、職場ローテーションなどで新しい職務を与えたり、あるいはハンコ作業に加えて伝票処理をあげてみてもダメということだ。しかし、実際にはこの間違いはあまりに日常化していて間違いとも気づかないことが多い。 第三のポイントは、金を与えてもダメということだ。お金はどちらかと言えば不満要因に該当し、満足要因ではない。確かにインセンティブを与えれば社員はそのためにより多くの時間を使うようになるが、しかしそれはより高いやる気が出が出た結果とは言えない。現実には、面白くはないが、やらざるを得ないという気持ちなのだ。 そのため、インセンティブに関係のない部分で思い切り手抜きをしたり、不正行為が横行することもある。結果として、会社のモラルが下がることになる。お金がモチベーションとならない例として、最近の米国CEOの高額報酬と不正行為の相関関係を見れば一目瞭然であろう。 日本の組織が危ない? さてこのところの会社の制度変遷を見ると、日本の給与体系が向かうところはまさに金銭インセンティブ一辺倒である。成果報酬制への急速な移行が進んでおり、どのように成果を評価するかということが技術的課題として盛んに議論されている。 ここで根拠としてよく言われるのは、平等主義から公平主義への移行ということだ。つまり成果を出しても出さなくても同じ給料では頑張る人がやる気をなくす、というもので、成果に応じた不平等こそが公平だという考えである。しかし、 つきつめればこれも結局平等主義の一種だ。つまり、誰もが文句を言えない仕組みであって、決して皆の満足を高める仕組みではないのだ。モチベーションとは全く関係がない。 実際、これまで単純に成果報酬制を導入してモチベーションが上がったという話は聞いたことがない。その逆はあっても。モチベーションが下がる理由は簡単だ。将来への不安感、自己嫌悪、他人の策略への恨み、こうした感情を呼び起こしやすいからだ。現実には、モチベーションを上げるために導入した成果主義がその反対の効果をもたらしている可能性は非常に高いと言えよう。 同一賃金性を支持するつもりは毛頭ないが、完全成果主義の給与システムなども結局二の次の問題なのだ。社員のモチベーションが高く、その結果として会社が儲かるという風に考えていかないと発想が逆になる。会社は儲からず平均給与は低いが個人間の差は大きいということになりかねないのである。 パイというものはまず大きくしてから分配するのがベストだ。結果が出て、それに自分が貢献していると感じ、結果として給料も多い、これが一番である。そういうわけで、我々は社員のモチベーションのことをもっと真剣に考える必要がある。会社はモチベーションが結局は感情の問題であるという事実を未だにうまく活用できていない。今のままでは近い将来にきっと失敗の原因を振り返る羽目になる であろう。
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